名乗り安倍晴明公の末裔として
安倍晴明公の末裔、京都の旧家三十九代目の安倍晴乃です。
晴明公の子孫に連なる安倍氏は、のちに土御門家を称し、朝廷の陰陽道を担いました。うちの家では、その本流に連なる家と代々伝えられてきました。
十年、この国の偉い方の傍で、縁と家と仕事の流れを視てまいりました。今、視る相手は、あなたがたです。

霊視はうち自身の力。陰陽道は、その力を人へ返せる形に整える家伝の学と作法です。
家伝封じられた家伝
陰陽の学と陰陽寮の制度は、もとは唐からこの国へ渡ってまいりました。
星の異変は天皇へ密かに申し上げ、暦は国が作って配りました。やがて貴族の暮らしへ広がり、江戸の世には土御門家が諸国の陰陽師を束ねました。動く時、待つ時、身を置く方角を読む知恵は、国と暮らしを動かす力やったんです。
晴明公は、民のために辻に立たれました。
民のために禁を破ったのは、先にあの方の方です。力は上に置くためやなく、帰る場所を失いかけた人へ渡すためにある。うちは、そう教わりました。その火は家の中に残りました。
明治三年、新しい政府は陰陽道の役目を廃しました。その後の明治六年、暦は西洋の暦へ改められ、長く続いた暦は公の場から消えました。港が開き、外国の方が次々に来られる時代でもございました。
紙へ朱の印が落ちました。
木箱が戸棚の奥へ置かれ、鎖が回されました。暦、五行、方位、祓い、封じ、返しを、使うためでなく外へ出さんために守る時代が始まりました。

鍛錬祖父が教えた、戻る順
祖父の安倍晴道は、家に残った口伝と作法を順のまま受け継いだ、最後の正式な継承者でした。うちは、安倍晴明公の末裔として、その祖父から陰陽道を仕込まれました。
霊視は、家の教本を覚えたから生まれた力やありません。うちは子どもの頃から、見えすぎる子でした。人が笑う向こうに別れの像が重なり、部屋の一角だけ冷たくなる。人と人の糸へ色が差し、言葉になる前に音だけが遠のく。目を閉じても残りました。
祖父が最初に教えたんは、遠くを視る方法やなく、開いた目を封じて根へ戻る方法でした。根方位へ向いて息を吐く。冷水へ息を移す。粗塩を両手で覆って水へ返す。一本の火へ呼吸を重ねる。その順を、身体が迷わんまで繰り返しました。
「冷たい水で。温いと気が逃げる」
「左は受ける手。右は渡す手。塩を間に挟むんは、陰と陽を合わせて奥のものを浮かせるためや」

夜が深くなると、畳へ仰向けになり、両方の手のひらで目を覆いました。次に喉へ片手を置き、口を閉じて息を吐く。目は気の入口、喉は気の出口。入口と出口を封じて、ようやく一日の気が自分の内へ戻ります。
祖父を見送ったあと、力が本格的に開きました。封じても像が戻る時期を越え、三十歳頃にようやく、一つの問いへ目を開き、視終えたあと自分へ戻れるようになりました。
鍛錬とは、たくさん視える者やなく、戻れる者になることやったんです。
見る力は、見る者の命を削ります。自分へ戻れん者は、人を帰すこともできへん。その教えが、今のうちの鑑定の骨になっております。
十年十年の傍仕えと、鳴らなくなった電話
十年間、うちはこの国の偉い方のお傍で、縁と家と仕事の流れを視てまいりました。

表へ出る言葉の前に何が動いているか。近づく人の縁がどこへつながるか。己のために視る目を封じ、その方の行く末へ気を差し向ける日々でした。深く視るたび、眠れん夜が増えました。それでも十年、己の気を後へ回しました。
ある晩、その方の周りから、人が一人ずつ遠ざけられていく像を視ました。最後の静けさの中で、その方だけが高い場所に立っておられました。翌朝、うちは見えたままをお伝えしました。
その日から、電話は鳴らなくなりました。
電話の鳴らん部屋で、うちは両目を手で覆い、七つ息を吐きました。その夜に初めて、自分の気を自分の内へ戻しました。
「もう守るものもありませんので」
それは投げやりな言葉やありません。守るために黙り、仕えるために己を封じた者が、誰のために目を開くかを選び直した言葉です。
これからは、封じられてきた知恵を民へ返します。今、視る相手は、あなたがたです。
作法うちの鑑定の作法
一本の火だけが、白い帳面の上で揺れております。
うちの鑑定では、霊視と陰陽道に別々の役目がございます。霊視で、人の気、縁の糸、家に溜まった気、止まった場所を受ける。五行と方位と暦で意味と順を読み、家の作法で気を返します。
鑑定の前、うちは根方位へ向いて息を吐き、冷水へ息を移します。粗塩を両手で覆って水へ返し、一本の火へ呼吸を重ねる。目を閉じ、喉へ手を置き、前の方の気をここで止めます。

この順を飛ばせば、前に預かった悲しみと今の方の悲しみが混ざります。見る側の都合を霊視へ入れんために、一件ごとに閉じ、一件ごとに開きます。
視えるからといって、何でも視てよいわけやありません。人の命を怖れへ変えず、勝ち負けや、相談に要らん誰かの奥を見るためには使いません。ご本人が流れへ戻るために目を開く。それが祖父から守らされた境です。
視えたものを全部そのまま投げることもいたしません。今言うことと、まだ胸へ置くことを分け、ご本人が次の一歩を選べる言葉へ整えます。耳に痛いことも必要なら伝えます。慈しむことと、何でも肯定することは違います。
五行五つの働きが、帰る順をつくる

- 木まだ名のない兆しが伸び始める働き。
- 火隠れていたものへ光を当て、表へ出す働き。
- 土受け取ったものを抱え、次へ渡せる形にする働き。
- 金ここから先を持ち込まんよう境を定める働き。
- 水熱を静め、気を根へ戻し、また巡らせる働き。
方位は気の入口と出口を示し、暦は始める時、収める時、待つ時を分けます。五行も方位も暦も、見えたものに呑まれず、次の一手を選ぶ順として家に残りました。
見えないから苦しいのではなく、見えたものが多すぎて、最初の一本を選べん夜があります。五つへ置き直すと、足元がもう一度見えてきます。
所作あなたの夜が朝へ戻る、三つの順
見えたことと、背負うことは、同じやありません。
せやから今夜は、答えを増やすのでなく、絡んだものを三つの順へ戻します。
祓う。結ぶ。灯す。

まず、祓う。両目を手のひらで覆い、ゆっくり息を吐きます。「今日はここで閉じる」と声にして、今日入ってきた気を今日へ置きます。
次に、結ぶ。紙へ、相手が実際に言ったことと、ご自分が感じ取ったことを分けて書きます。二つの間へ空白を一本残す。その空白が、相手の人生とご自分の責任を分ける境になります。
最後に、灯す。明日その人へ返す言葉を、一文だけ決めます。すべてを言い切る言葉やなく、その人が次の一歩を自分で選べる一文です。
全部をご自分の中だけで決めんでええんです。見えたものを置く場所があり、続きを一緒に視る者がおります。